新収 日本文庫史研究2010/03/04 19:34

小野則秋(著)『日本文庫史研究』上・下、臨川書店、1988年(改訂版三刷)

 日本の蔵書史研究の名著。戦前に出された一冊本もあって、内容には若干、異同がある。
 驚いたことに勤務先の図書館には上巻しかなくて、しばしば上京した際に某大図書館で下巻をみていたが、半年ほど前にたえきれずに購入。藩校の筆頭は米沢藩。
 この他に藩校毎の思想的総合的な研究をなした笠井助治の大著三点もあるが、実は文部省が明治初期に各県に出させた膨大な資料からなる『日本教育史資料』を批判的に読んでいくと、これら近世部分は結構書ける気もする。もちろん「批判的に」「肉付け」が、大変な作業な訳だが、その枠組みを大きく越えていないようにおもわれる。最近の県史や市史の記述もここにネタがあることがある。
 では実際にそれら文庫のどのような典籍が残っているのかが専門の研究者によって調べられたのはおおかたは戦後の話である。米沢の場合は少し古くて(經籍訪古志までいれると「かなり」か)、昭和四年に小川琢治、昭和十八年に武内義雄と中国学の研究者が続々と調査にはいったのが目立つ(川瀬のような文献学者も調査している)。それが昭和三十三年の内田智雄(編)『米沢善本の研究と解題』につながったわけである。
 ではそこ(個々の典籍)から、これまでの枠組みを検証しなおすと中国学でも書誌学でもない知識と社会の新たな関係がみえてくるのではないか。そうおもって自分はどのような典籍が「あったのか」「どう変遷したのか」を調べたわけである。
 実は敦煌文献というのも大半は典籍であって、その典籍が典籍としての意味をもっていた空間へと遡る方法はかなり相似する(はず)である。

コメント

トラックバック