拝受 牛李党争終焉後の「李派」 ほか2011/09/15 19:29

竹内洋介、牛李党争終焉後の「李派」-宣宗大中年間の動向を中心として、『白山史学』第47号、2011年5月。
竹内洋介(代表)『唐代「牛李党争」関係研究文献目録(1927~2010年)』、(平成22年度東洋大学若手研究者育成研究所プロジェクト報告)、東洋大学アジア文化研究所、2011年2月。

竹内さんからいただいた。ありがとうございました。
前者。唐代後半期の政治史の理解の上で欠かせないとされてきた牛李党争について、従来説の派閥の捉え方の曖昧さ、党争に関する不十分な理解を疑問視して、李徳裕を中心とした「李派」の人員構成の分析をおこなったもの。後者は当該の研究課題に関する国内外の研究論文をリストアップし、索引を付したもの。

拝受 突厥「阿史那感徳墓誌」訳注考 ほか2011/09/15 19:14

斉藤茂雄、突厥「阿史那感徳墓誌」訳注考-唐覊縻支配下における突厥集団の性格、『内陸アジア言語の研究』第26号、2011年。
鈴木宏節、唐代漠南における突厥可汗国の復興と展開 、『史学雑誌』第120編第6号、2011年6月。

前者。斉藤さんからいただいた。ありがとうございました。
 突厥第一可汗国最後の可汗の曾孫の阿史那感徳墓誌を題材に、阿史那感徳の姻戚関係と唐から帰義可汗の号をうけていることに焦点をあて従来の漢籍史料では不明であった第二可汗国復興期の突厥移民の存在形態を論じたもの。

後者。鈴木さんから(佐藤先生を経由して)いただいた。ありがとうございました。概要は前掲。
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2011/07/21/5966102

調査やら原稿の準備やら、日本の残暑やらで書き込む時間と気力が無かったが、購入したもの、いただきものは増えるばかりなので、整理再開。

拝受 『唐人雜鈔』について(續)2011/08/29 19:29

池田温、『唐人雑鈔』について(続)、『東洋文庫書報』第42号、2011年3月。
池田温、敦煌秘笈の価値、『杏雨』第14号、2011年6月。
池田温、『敦煌写本偽造問題管見』、土肥義和(編)『敦煌・吐魯番出土漢文文書の新研究』、2009年3月。

某研究会会場で池田先生が希望者に配布してくださった。ありがとうございました。

なお東洋文庫書報は全文公開されている。

http://www.toyo-bunko.or.jp/library3/opening.html

拝受 隋唐時代の相州における司法と社会2011/08/29 19:20

辻正博、隋唐時代の相州における司法と社会-「訴訟社会」成立の前提、夫馬進(編)『中国訴訟社会史の研究』京都大学出版会、2011年3月。

辻先生からいただいた。ありがとうございました。隋唐期の相州の難治な様相を法制史的な観点から分析したもの。

拝受 東晋南朝における建康の中心化と国家儀礼の整備について2011/08/21 13:38

戸川貴行、東晋南朝における建康の中心化と国家儀礼の整備について、『七隈史学』第13号、2011年3月。
戸川貴行、東晋南朝における伝統の創造について―楽曲編成を中心としてみた、『東方学』第122輯、2011年7月 。

戸川さんからいただいた。ありがとうございました。
 前者。江南に立脚した南朝史の理解のために「矯民の土着化」に注目し、当初は仮住まいとされていた江南における国家儀礼の整備と建康の中心化の過程をおう。
 はじめに、ではこれまでの東晋南朝史の視角について論じるが、「制度・思想などを積極的に評価する姿勢」と「国家の制度・思想如何といった点から」、各種先行研究の限界や問題点をあげる。ただこの論法では最初から東晋南朝史の手法が「国家の制度・思想などを積極的に評価する姿勢」に限定されているわけだから、そうでない先行研究に問題点が見出されるのは当然であろう。
 自分には国家儀礼の整備過程の検証も歴史学の一視点になる(先行研究であきらか)というくらいが妥当に思えるのだが。後者は前掲。

新収 魏晋南北朝唐宋考古文稿輯叢 ほか2011/08/01 18:34

宿白(著)『魏晋南北朝唐宋考古文稿輯叢』、文物出版社、2011年1月。
許逸民(校箋)『金楼子校箋』、中華書局、2011年1月。

前者は宿白氏がこれまで『文物』などに掲載してきた魏晋南北朝唐宋考古に関する論文を集めて整理したもの。古い記事でも自分にとっては北朝考古系でとくに興味深い記事が多い。金楼子は南朝梁の蕭繹の著作。南北朝史の研究者にはよく知られた本だと思っていたが、基本的に永楽大典にあつめられたものが今に伝わるもので、CiNiiiで検索するとこの書名を題名につけているのは日本語の論文では5点のみ。点校本がでるのははじめてだということで購入。典籍関係で興味深い記事がある記憶だったが、どちらかというと晋南朝の故事、志怪の記事が主体。また家訓的要素ももつとの先行研究の分析があるとおり。点校本がでたことでさらに今後頻用される気がする。

拝受 洛陽学国際シンポジウム報告論文集 ほか2011/07/25 19:07

氣賀澤保規(編)『洛陽学国際シンポジウム報告論文集』明治大学文学研究科・石刻文物研究所

明治大学石刻文物研究所『東アジア石刻研究』第2号、2010年3月。
明治大学石刻文物研究所『東アジア石刻研究』第3号、2010年3月。

先日、『東アジア石刻研究』第3号をいただいたばかりなのだが、重ねてご恵与いただいた。関連分野の研究者に広く郵送された様子である。勉強させていただきます。ありがとうございました。

『東アジア石刻研究』第2号ははじめていただいたかと思う。目次はこちら
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~ishiken/researches/periodical.html

 窪添論文が扱う李延齢墓誌は偽刻の可能性があるという。ではこのように官歴や讃文などにあまり不審な点がみあたらない石刻資料の真偽をどのようにみわけることが可能なのか。参考文献をよんでいけばわかるのだろうか。また、氣賀澤論文がとりあげる石刻時地記のような記録(第2第3の郭玉堂による)が後世見つかるとおもしろい。ただ当然ながら、正式な発掘報告がなされる前に墓誌が盗掘売買されないのが最も良い。

 最初に紹介した『洛陽学・・』はシンポジウム報告集。日本国内の研究会活動情報も収集している北京大学中国古代史研究中心がその時の案内を記録しておられるので、リンクをはっておく。
http://www.zggds.pku.edu.cn/005/001/116.pdf

拝受 唐のテュルク人蕃兵2011/07/25 18:42

山下将司、唐のテュルク人蕃兵、『歴史学研究』第881号、2011年7月。

山下先生からいただいた。ありがとうございました。
 唐にとりこまれた突厥兵力の「部族解散」の有無について先行研究を援用しつつ論じたもの。唐はその部族組織を維持したままとりこんでいたことを論証している。
 唐の軍事力の全体の一部である蕃兵について論じているというより、唐王朝の軍事力の性格そのものの一端を扱ったものともいえるだろう。

拝受 唐の貢献制と国信物2011/07/24 19:00

石見清裕、唐の貢献制と国信物―遣唐使への回賜品、『学習院史学』第49号、2011年3月。

石見先生からいただいた。ありがとうございました。
 石見先生がこれまで発表された論文数本をわかりやすくまとめた講演録。最後の一文は壮大な世界史的展望にしても、基本的に逐一、史料の提示がなされ、実証的な内容となっている。
 拙稿で引用させていただいた石見先生の貢献制に関する論文も下敷きのひとつとなっており、自分自身の研究の意義を考え直す際に有用な示唆となるようにも感じた。

http://iwamoto.asablo.jp/blog/2008/12/26/4028239

新収 東洋史研究 ほか2011/07/21 22:27

『東洋史研究』第70巻1号、2011年6月。
 鈴木宏節、唐代漠南における突厥可汗国の復興と展開

『史学雑誌』第120編第6号、2011年6月。
 伊藤一馬、北宋における将兵制成立と陝西地域―対外情勢をめぐって
 河内春人、(書評)中野高行著『日本古代の外交制度史』

 河内書評からは史料を用いて制度や「国家」を概念として論じることの難しさをあらためて考えさせられた。
 鈴木論文は突厥可汗国の拠点のひとつである「黒い沙漠」遺迹の比定と突厥碑文の解釈によって漢文史料には記されない突厥側の対唐動向をみいだし、伊藤論文は北宋の軍事単位である「将」の編成と設置の分析からその対外政策をよみとろうとする。実証しようとする内容だけでなくベクトルも逆だが、所謂中国王朝(論じられているのは唐と北宋)がユーラシア東部全域の動向と密接に関わっている(その一部である)とみる点では通底するようである。