新収 亦術亦俗-漢魏六朝風水信仰研究 ― 2011/11/16 00:30
張斉明(編)『亦術亦俗-漢魏六朝風水信仰研究』中国人民大学出版社、2011年5月。
数ヶ月前に購入。
いくつかの作業や依頼原稿の準備をしているうちに情報を追加できないまま、ずいぶんと間があいてしまった。
この間、ただ買っているだけで数頁さえも目を通していない書籍の山となってしまった。
数ヶ月前に購入。
いくつかの作業や依頼原稿の準備をしているうちに情報を追加できないまま、ずいぶんと間があいてしまった。
この間、ただ買っているだけで数頁さえも目を通していない書籍の山となってしまった。
拝受 敦煌出土のウイグル語暦占文書・西魏北魏の二四軍と府兵制 ― 2011/10/27 02:17
松井太、敦煌出土のウイグル語暦占文書、『人文社會論叢』(弘前大学)第26号、2011年8月。
平田陽一郎、西魏北魏の二四軍と府兵制 、『東洋史研究』第70巻2号、2011年9月。
松井先生と平田先生から抜き刷りをいただいた。ありがとうございました。
ともに大変おもしろい論文で紹介済み。
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2011/09/20/6108494
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2011/10/14/6157023
これは何か、これは本当か、素朴な疑問や興味をもつことがある。そしてそれがなぜかわかったとき、ものすごく驚いたりうれしかったりするわけだが、そういう知的快感を得られる技術や技法があるならば、それはそれだけでこの世に存在する価値があるといえるだろう。そしてそれを他人に伝えるにはその考え方の過程を披露する以外の方法はない。
平田陽一郎、西魏北魏の二四軍と府兵制 、『東洋史研究』第70巻2号、2011年9月。
松井先生と平田先生から抜き刷りをいただいた。ありがとうございました。
ともに大変おもしろい論文で紹介済み。
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2011/09/20/6108494
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2011/10/14/6157023
これは何か、これは本当か、素朴な疑問や興味をもつことがある。そしてそれがなぜかわかったとき、ものすごく驚いたりうれしかったりするわけだが、そういう知的快感を得られる技術や技法があるならば、それはそれだけでこの世に存在する価値があるといえるだろう。そしてそれを他人に伝えるにはその考え方の過程を披露する以外の方法はない。
新収 東洋史研究 第70巻2号 ― 2011/10/14 23:09
『東洋史研究』第70巻2号、2011年9月。
川本芳昭、北魏内朝再論-比較史の観点から見た
平田陽一郎、西魏北魏の二四軍と府兵制
実に興味深い2本。ただともにわかりやすいかというとそうではない。それでとりあえずざっとよんでみて、あとで読み返すことにしようと思う。誤読していたとしてもこの程度の紹介文としては許していただけるであろうと思いつつ。以下はそのためのメモ。
前者。北魏の部族解散や内朝の問題について研究史をリードしてきた筆者が近年の「胡漢対立」を相対化しがちな研究動向を批判しつつ、「北魏前期国家と北魏国家とを断絶してとらえることなく、北アジア、東アジア史全体の中で」位置づける方法をあらためて模索したもの。なお前提として北魏前半期を北方的体制、後半期を胡漢融合の度合いの強い中国的中原王朝ととらえている。
論者がとくに注目しているのは北魏特有の制度である「ケシク的な」内朝制度であり、それが東アジアの諸国家や中国歴代王朝と比較してどのような性格をもつといえるか、倭国と北魏、漢の中朝と北魏の内朝という比較によって、その性格を述べている。
後者。その時代の史料にはでてこない語彙であるにもかかわらず西魏北周の基盤となる軍事制度とされてきた「府兵制」の虚構性(府兵制はなかった)を明確に指摘。葬りさったうえで、当該時代の軍事制度はどのようなものであったのかを論じる。
かわりに実態として見えてくる二四軍制は漢人主体でなく、非漢族集団をとりこんでそれを基本単位に成り立ったものであることを史料をあげて述べ、北魏ー西魏・北周の軍事機構の求心的運用が北魏の内官の系譜上にある役職「親信」「庫真」(都督)によって可能となっていたことを指摘、二四軍制とは鮮卑的軍制の上になりたっていたものと論じる。
またこれまで「府兵制」の兵士の徴発方式の変化(兵民一致⇄兵民分離)を示す史料と理解されてきた隋「開皇十年詔」について、平陳後、流寓の兵戸を関中周辺に帰農させ、一般編戸並みとする「復員令」と解釈し、従来の見方を否定する(!)。
そのうえで北魏の「部族解散」の史料をあげ、それもまた鮮卑的「復員令」(各部族を戦闘状態から平時にもどす)であり、国を挙げた戦争後においては北魏以前からみられるものであることを先行研究をふまえて述べる。
つまり、北魏ー隋の軍事制度(前秦あたりを淵源とする)がほとんど同一の構造をなしていることを論証しようとしたことになる。
後者には川本先生の旧論を前提に論じられている部分もあるが、基本的に両論の北朝観は相容れないといってよい。これを後の研究者がどう読むか、実に興味深い1冊となっている。
川本芳昭、北魏内朝再論-比較史の観点から見た
平田陽一郎、西魏北魏の二四軍と府兵制
実に興味深い2本。ただともにわかりやすいかというとそうではない。それでとりあえずざっとよんでみて、あとで読み返すことにしようと思う。誤読していたとしてもこの程度の紹介文としては許していただけるであろうと思いつつ。以下はそのためのメモ。
前者。北魏の部族解散や内朝の問題について研究史をリードしてきた筆者が近年の「胡漢対立」を相対化しがちな研究動向を批判しつつ、「北魏前期国家と北魏国家とを断絶してとらえることなく、北アジア、東アジア史全体の中で」位置づける方法をあらためて模索したもの。なお前提として北魏前半期を北方的体制、後半期を胡漢融合の度合いの強い中国的中原王朝ととらえている。
論者がとくに注目しているのは北魏特有の制度である「ケシク的な」内朝制度であり、それが東アジアの諸国家や中国歴代王朝と比較してどのような性格をもつといえるか、倭国と北魏、漢の中朝と北魏の内朝という比較によって、その性格を述べている。
後者。その時代の史料にはでてこない語彙であるにもかかわらず西魏北周の基盤となる軍事制度とされてきた「府兵制」の虚構性(府兵制はなかった)を明確に指摘。葬りさったうえで、当該時代の軍事制度はどのようなものであったのかを論じる。
かわりに実態として見えてくる二四軍制は漢人主体でなく、非漢族集団をとりこんでそれを基本単位に成り立ったものであることを史料をあげて述べ、北魏ー西魏・北周の軍事機構の求心的運用が北魏の内官の系譜上にある役職「親信」「庫真」(都督)によって可能となっていたことを指摘、二四軍制とは鮮卑的軍制の上になりたっていたものと論じる。
またこれまで「府兵制」の兵士の徴発方式の変化(兵民一致⇄兵民分離)を示す史料と理解されてきた隋「開皇十年詔」について、平陳後、流寓の兵戸を関中周辺に帰農させ、一般編戸並みとする「復員令」と解釈し、従来の見方を否定する(!)。
そのうえで北魏の「部族解散」の史料をあげ、それもまた鮮卑的「復員令」(各部族を戦闘状態から平時にもどす)であり、国を挙げた戦争後においては北魏以前からみられるものであることを先行研究をふまえて述べる。
つまり、北魏ー隋の軍事制度(前秦あたりを淵源とする)がほとんど同一の構造をなしていることを論証しようとしたことになる。
後者には川本先生の旧論を前提に論じられている部分もあるが、基本的に両論の北朝観は相容れないといってよい。これを後の研究者がどう読むか、実に興味深い1冊となっている。
新収 唐代史研究 第14号 ― 2011/09/20 20:45
唐代史研究会(編)『唐代史研究』第14号、2011年8月。
巻頭言(佐藤智水)
○“敦煌の社会と文化”2010年度夏期シンポジウム特集
山口正晃、敦煌学百年
岩本篤志、敦煌秘笈「雑字一本」考-「雑字」からみた帰義軍期の社会-
伊藤美重子、敦煌の学郎題記にみる学校と学生
荒川正晴、唐の西北軍事支配と敦煌社会
○書評・新刊紹介
津田資久、渡邊義浩著『西晋「儒教国家」と貴族制』
森部豊、荒川正晴著『ユーラシアの交通・交易と唐帝国』
村井恭子、森部 豊著 『ソグド人の束方活動と東ユーラシア世界の歴史的展開』
○国外学会参加報告.
佐川英治、中古時代的礼儀、 宗教与制度学術研討会
關尾史郎、「高台魏晋墓与河西歴史文化国際学術研討会」 参加記
○2010年唐代史研究会会員成果目録
○会員近況報告
○彙報
以上、全目次。
---------------------------
以下、拙稿「敦煌秘笈「雑字一本」考」の反省点。
敦煌秘笈のうち、内容、年代不明の一点を歴史空間の中に位置づけ、それを史料として敦煌社会を論じようとしたもの(一次利用面:894-905年頃の敦煌の官吏用識字手本またはその書写、二次利用面:965年9,10月分と978年2月から数ヶ月分の具注暦日の下書きと比定)。単純な内容のはずなのに、構成も文章もいまひとつなめらかでない。少々熟成不足の感はある。またP.30にあげた「衙前子弟」については、荒川正晴著『ユーラシアの交通・交易と唐帝国』のなかに有益な指摘がある(旧稿は未確認)のだが、最近まで気づかなかった。総じて語彙分析には不十分な点を多々残したので、今後も検討を続けていくことにしたい。
書き落としてしまったが、拙稿は科研費・若手研究(B) 「唐五代期における実用典籍の読者層の研究ー中国西北出土古文献を中心に」(研究課題番号:21720257)の成果の一部である。
巻頭言(佐藤智水)
○“敦煌の社会と文化”2010年度夏期シンポジウム特集
山口正晃、敦煌学百年
岩本篤志、敦煌秘笈「雑字一本」考-「雑字」からみた帰義軍期の社会-
伊藤美重子、敦煌の学郎題記にみる学校と学生
荒川正晴、唐の西北軍事支配と敦煌社会
○書評・新刊紹介
津田資久、渡邊義浩著『西晋「儒教国家」と貴族制』
森部豊、荒川正晴著『ユーラシアの交通・交易と唐帝国』
村井恭子、森部 豊著 『ソグド人の束方活動と東ユーラシア世界の歴史的展開』
○国外学会参加報告.
佐川英治、中古時代的礼儀、 宗教与制度学術研討会
關尾史郎、「高台魏晋墓与河西歴史文化国際学術研討会」 参加記
○2010年唐代史研究会会員成果目録
○会員近況報告
○彙報
以上、全目次。
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以下、拙稿「敦煌秘笈「雑字一本」考」の反省点。
敦煌秘笈のうち、内容、年代不明の一点を歴史空間の中に位置づけ、それを史料として敦煌社会を論じようとしたもの(一次利用面:894-905年頃の敦煌の官吏用識字手本またはその書写、二次利用面:965年9,10月分と978年2月から数ヶ月分の具注暦日の下書きと比定)。単純な内容のはずなのに、構成も文章もいまひとつなめらかでない。少々熟成不足の感はある。またP.30にあげた「衙前子弟」については、荒川正晴著『ユーラシアの交通・交易と唐帝国』のなかに有益な指摘がある(旧稿は未確認)のだが、最近まで気づかなかった。総じて語彙分析には不十分な点を多々残したので、今後も検討を続けていくことにしたい。
書き落としてしまったが、拙稿は科研費・若手研究(B) 「唐五代期における実用典籍の読者層の研究ー中国西北出土古文献を中心に」(研究課題番号:21720257)の成果の一部である。
拝受 比較儀礼論 ほか ― 2011/09/20 19:25
榎本淳一、比較儀礼論、石井正敏他(編)『日本の対外関係2 律令国家と東アジア』、吉川弘文館、2011年5月。
榎本淳一、藤原仲麻呂と女楽、武光誠(編)『古代国家と天皇』同成社、2010年11月。
榎本淳一、『隋書』倭国伝について、大山誠一(編)『日本書紀の謎と聖徳太子』平凡社、2011年6月。
ENOMOTO Jun'ichi,Japan's Ritsuryo System in the "East Asian World",ACTA ASIATICA 99,2010.
榎本先生からいただいた。ありがとうございました。
「比較儀礼論」は推古朝の迎賓儀礼に当時の隋唐的要素より南朝的要素をみいだすことができることを論じる。「藤原仲麻呂と女楽」は日本古代において女楽の下賜(献上)が伎女の演舞を見ることであったのか、人そのものを下賜したのか、東アジアの状況を踏まえて、その解釈を問い直したもの。「『隋書』倭国伝について」は『隋書』倭国伝の史料的な性格を論じたもので、その記事内容の分析から、史料批判の際に留意すべきことを指摘する。Japan's Ritsuryo System・・は、日本における律令の受容、運用を当時の国際間において中心的な役割を担っていた中国を中心とした東アジアの事象と比較しながら、またその関係を論じたもの。
いずれも東アジア諸国の制度、文化から古代日本のそれをみるという視点がつらぬかれている。
榎本淳一、藤原仲麻呂と女楽、武光誠(編)『古代国家と天皇』同成社、2010年11月。
榎本淳一、『隋書』倭国伝について、大山誠一(編)『日本書紀の謎と聖徳太子』平凡社、2011年6月。
ENOMOTO Jun'ichi,Japan's Ritsuryo System in the "East Asian World",ACTA ASIATICA 99,2010.
榎本先生からいただいた。ありがとうございました。
「比較儀礼論」は推古朝の迎賓儀礼に当時の隋唐的要素より南朝的要素をみいだすことができることを論じる。「藤原仲麻呂と女楽」は日本古代において女楽の下賜(献上)が伎女の演舞を見ることであったのか、人そのものを下賜したのか、東アジアの状況を踏まえて、その解釈を問い直したもの。「『隋書』倭国伝について」は『隋書』倭国伝の史料的な性格を論じたもので、その記事内容の分析から、史料批判の際に留意すべきことを指摘する。Japan's Ritsuryo System・・は、日本における律令の受容、運用を当時の国際間において中心的な役割を担っていた中国を中心とした東アジアの事象と比較しながら、またその関係を論じたもの。
いずれも東アジア諸国の制度、文化から古代日本のそれをみるという視点がつらぬかれている。
拝受 中国南北朝隋唐期をめぐる仏教社会史研究の地平 ― 2011/09/16 20:58
氣賀澤保規、中国南北朝隋唐期をめぐる仏教社会史研究の地平、『佛教史学研究』第53巻第1号、2010年11月。
氣賀澤先生からいただいた。ありがとうございました。
学会の基調報告の講演録。中国南北朝隋唐期の仏教史のこれまでの動向と今後の研究への提言、期待などが述べられている。宗派仏教をこえた「時代の中で仏教を捉える」研究への展開の期待や、京大人文研が培ってきた共同研究の土台への羨望なども記されている。
ただ最後の点は、関東圏では同じ機関が主導的に、かつ定期的に世代交代をしながら場を提供してきたのでなく、特定のある先生のもとに集まるという形が多いため、機関としては語りにくいわけだが、同様に開かれた共同研究や史料講読会はあったし、今もある(関西の他大にも同様に開かれた場がある)と思うのだが。
氣賀澤先生からいただいた。ありがとうございました。
学会の基調報告の講演録。中国南北朝隋唐期の仏教史のこれまでの動向と今後の研究への提言、期待などが述べられている。宗派仏教をこえた「時代の中で仏教を捉える」研究への展開の期待や、京大人文研が培ってきた共同研究の土台への羨望なども記されている。
ただ最後の点は、関東圏では同じ機関が主導的に、かつ定期的に世代交代をしながら場を提供してきたのでなく、特定のある先生のもとに集まるという形が多いため、機関としては語りにくいわけだが、同様に開かれた共同研究や史料講読会はあったし、今もある(関西の他大にも同様に開かれた場がある)と思うのだが。
拝受 唐宋時期『帝王略論』的利用状況 ― 2011/09/16 20:48
会田大輔、唐宋時期『帝王略論』的利用状況、寧欣(主編)『新材料・新方法・新視野 古代国家和社会変遷』、北京師範大学出版社、2011年6月。
会田さんからいただいた。ありがとうございました。
唐宋時期の『帝王略論』の利用状況を書誌学的な観点から整理したもの。一部に敦煌文献の『帝王略論』への言及もある。私自身も東洋文庫に属していた頃から注目していた史料のひとつで興味深く拝読した。
会田さんからいただいた。ありがとうございました。
唐宋時期の『帝王略論』の利用状況を書誌学的な観点から整理したもの。一部に敦煌文献の『帝王略論』への言及もある。私自身も東洋文庫に属していた頃から注目していた史料のひとつで興味深く拝読した。
拝受 唐代前期宮廷政変をめぐる北衙の動向 ― 2011/09/16 20:03
林美希、唐代前期宮廷政変をめぐる北衙の動向、『史観』第164冊、2011年。
林さんからいただいた。ありがとうございました。
唐代前期政治史の展開そのものともいえる六度の宮廷クーデターに北衙とよばれる皇帝の親衛軍がつねに関わっていることに着目、個々の事変における兵力の展開などから、その政変成功の鍵となる「からくり」をうきぼりにしたもの。
林さんからいただいた。ありがとうございました。
唐代前期政治史の展開そのものともいえる六度の宮廷クーデターに北衙とよばれる皇帝の親衛軍がつねに関わっていることに着目、個々の事変における兵力の展開などから、その政変成功の鍵となる「からくり」をうきぼりにしたもの。
拝受 唐代初期の「士族」研究-李浩著『唐代文学<士族>の研究』の刊行に寄せて ― 2011/09/16 19:50
川合安、唐代初期の「士族」研究-李浩著『唐代文学<士族>の研究』の刊行に寄せて、『集刊東洋学』第105号、2011年6月。
川合先生からいただいた。ありがとうございました。
李浩著『唐代文学<士族>の研究』(中華書局、2008年)の邦訳『唐代文学<士族>の研究-関中・山東・江南の三地域に即して』(松原朗・山田智・石村貴博訳、研文出版、2009年)を内外の研究史の中に位置づけようとする内容。邦訳の解説において原著の「士族」が日本の中国史研究の「貴族」に相当するものと理解していることをふまえ、中国と日本における「貴族」「士族」研究史の性格を整理、また問題点などを論じる。
川合先生からいただいた。ありがとうございました。
李浩著『唐代文学<士族>の研究』(中華書局、2008年)の邦訳『唐代文学<士族>の研究-関中・山東・江南の三地域に即して』(松原朗・山田智・石村貴博訳、研文出版、2009年)を内外の研究史の中に位置づけようとする内容。邦訳の解説において原著の「士族」が日本の中国史研究の「貴族」に相当するものと理解していることをふまえ、中国と日本における「貴族」「士族」研究史の性格を整理、また問題点などを論じる。
新収 中古中国的粟特胡人 ― 2011/09/15 20:08
畢波(著)『中古中国的粟特胡人-以長安為中心』(西域歴史語言研究叢書)、中国人民大学出版社、2011年5月。
近年発見された北朝隋唐期のソグド人墓誌等を中心に論考をまとめたもの。内外の研究が広く参照されている。
緒論
第一章 北斉・北周的胡人及其影響
第二章 北朝末至唐初胡人的動向与歩入宮廷
第三章 隋唐宮廷内外的内外的胡人—隋唐国際性表徴
第四章 隋唐長安坊市的胡人
第五章 隋唐長安粟特胡人的社会網絡
百度百科の紹介(詳細な目次あり)
http://baike.baidu.com/view/6290460.htm
近年、ソグド人に関する新資料が次々と発見されるようになり、数多の研究業績がうみだされている。本書が内外で注目されることは必至であろう。
近年発見された北朝隋唐期のソグド人墓誌等を中心に論考をまとめたもの。内外の研究が広く参照されている。
緒論
第一章 北斉・北周的胡人及其影響
第二章 北朝末至唐初胡人的動向与歩入宮廷
第三章 隋唐宮廷内外的内外的胡人—隋唐国際性表徴
第四章 隋唐長安坊市的胡人
第五章 隋唐長安粟特胡人的社会網絡
百度百科の紹介(詳細な目次あり)
http://baike.baidu.com/view/6290460.htm
近年、ソグド人に関する新資料が次々と発見されるようになり、数多の研究業績がうみだされている。本書が内外で注目されることは必至であろう。