新収 SASANIAN STAMP SEALS2009/01/04 15:13

C.J.Brunner (ed.),SASANIAN STAMP SEALS The Metropolitan Museum of Art,NewYork,The Metropolitan Museum of Art,1978.

R.GYSELEN (ed.),SASANIAN SEALS AND SEALINGS IN THE A.SAEEDI COLLECTION (ACTA IRANICA),Leuven, Peeters, 2006.

長いこと探していたメトロポリタン美術館の図録とササン朝印章関連で多くの著作があるRIKA GYSELENの最新の研究書。
 円高だから、この際探してみようと思ったら見つかった。

新収 六朝士大夫玄儒兼治研究2009/01/07 17:51

秦跃宇(著)『六朝士大夫玄儒兼治研究』広陵書社、2008年4月。

 六朝士大夫が道教と儒学をどのように吸収していたかをテーマにしている。なかなか難しくて読むのは容易ではない。

拝受 中世の巨大地震2009/01/07 18:20

矢田俊文(著)『中世の巨大地震』(歴史文化ライブラリー)、吉川弘文館、2009年1月。
http://www.amazon.co.jp/dp/4642056645/

 矢田先生からいただいた。ありがとうございました。新潟のほか、中世の京都・伊勢・駿河・遠江、紀伊が中心にあつかわれている。この30年以内に大地震が起きる可能性がきわめて高いとされる、「東海・南海」地域がほぼ重なる。

 私は歴史学というのは自分の日常生活の問いからはじまるものだと思っている。 今に大地震が来るぞとずっといわれて育ってきた自分にとって「地震」はまさにその類のテーマのひとつにみえる。
 この本には私が生まれ育った土地から数百メートル近辺の地震体験がとりあげられている。大地震を境に地形や地域社会がどのように変化したかその一端が非常に想像しやすい。
 たとえば、実家の近くの寺では海底から引き上げられたという伝承をもつ地蔵を本尊としている。こうした伝承をもつ神仏像は近くに2,3あるので、漁師町によくある話なんだろうが、不思議な話にはちがいないと思っていた。この本に示されている大地震で水没した寺院の存在を知り、ようやくあることに気づいた。
 その地蔵がひきあげられたのは、水没した寺院跡の海上で漁網にかかったからであった。地震から僅か2年後の話である。それが当時の人に不思議であったはずはなく、その地蔵には大地震後の人々のさまざまな思いが刻まれていたのではないかと。
なお、現在伝えられているその地蔵の由緒には地震との関わりを示す記録はないようである。
 
 これまで表紙写真は極力つかわずにきたが、著者からいただいたので宣伝をかねて掲載させていただいた。

新収 敦煌文書にみる学校教育2009/01/08 17:21

伊藤美重子(著)『敦煌文書にみる学校教育』汲古書院、2008年12月。

第一部 敦煌の学校と学生-「学郎題記」をめぐって
第二部 敦煌の規範教育ー童蒙教訓書の世界

第一部が三章だて、第二部が六章だてからなる。
 第一部は敦煌文献という史料の存在そのものに関わる分析といってよく、著者が専門とされる中国文学やタイトルの「教育史」的観点だけでなく、歴史学の研究から見てもきわめて重要な意義があると感じた。第一部が文献各論的な第二部の存在をインパクトあるものにしている。やはり専著にまとめられた研究は存在感が大きい。
 このお仕事に関係する私の今年度の課題(一つめ)はすでに手元を離れてしまったので、成果を反映させることはかなわなかったが、今後時間を見て本書を精読して勉強したいと考えている。

 もう来年冬まで執筆、発表予定でいっぱいとなった。おおかた一昨年秋あたりには予期できていた状況である。実現にいたらないかもしれないので公言はしないが、ほとんどは自分で構想を練ってきたものであり、健康なうちに(私は至って健康だが・・)実現を目指したい。
 今年度は三件ほど依頼を断らざるを得なかった。そんなご身分ではないのだがこの状況でまともなものができたとは思えない。おゆるしねがいたい。

拝受 天と地-前近代の中国における都市と王権ー他2009/01/16 17:49

妹尾達彦、長安への旅、『NHKスペシャル新シルクロード5ーカシュガル・西安』、2005年。
妹尾達彦、中国の都城とアジア世界、『記念的建造物の成立』東京大学出版会、2006年2月。
妹尾達彦、宋代史研究の最前線に接して、『宋代社会の空間とコミュニケーション』汲古書院、2006年6月。
妹尾達彦、都の立地ー中国大陸の事例ー、『人文研紀要(中央大学)』第58号、2006年9月。
妹尾達彦、都市と環境の歴史学ー黄土高原にてー、『史学雑誌』第116編第9号、2007年。
妹尾達彦、天と地-前近代の中国における都市と王権ー、『中国の王権と都市ー比較史の観点から』大阪市立大学、2007年3月。
妹尾達彦、都城与王権礼儀:根拠中国歴代都城復元図、『基調与変奏-七至二十世紀的中国』国立政治大学歴史学系他、2008年。
妹尾達彦、都城と律令制、『日唐律令比較研究の新段階』(史学会シンポジウム叢書)山川出版社、2008年10月。

妹尾先生からいただいた。ありがとうございました。
 いずれも都市史という範囲にとどまらず、ユーラシア大陸という空間のなかにおける都市、または中国史という時空間の中の都市という観点から論が展開されている。「都の立地」には考証学者の趙翼による地気の変化からみた王都論について論じられており、興味深い。

新収 史学雑誌 第117編第12号2009/01/20 22:54

『史学雑誌』 第117編第12号、2008年12月

河上麻由子、中国南朝の対外関係において仏教が果たした役割についてー南海諸国が奉った上表文の検討を中心に
十川陽一、律令制下の技術労働力ー日唐における徴発規定をめぐって

興味深い2点。十川論文は天聖令を扱う。

拝受 唐代前半期の地方文書行政ートゥルファン文書の検討を通じて2009/01/20 23:00

赤木崇敏、唐代前半期の地方文書行政ートゥルファン文書の検討を通じて、『史学雑誌』第117編第11号、2008年11月。

赤木さんからいただいた。ありがとうございました。
 新出史料でもない古文書の断片を扱い、それらからひとつの規範なり社会なりにせまるのは実に根気のいる作業である。

以前コメントしている。
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2008/12/13/4006698

ここのところ、3年ほど書きためた調査ノートを見返して、これはと思うことを先行研究と対比していた。そのときに、みつけた!と思ったことでも、この数年の間にすでに他の研究者が言及していることが少なくない。特に中国の研究者層が厚くなってきたことを感じる。いやいや、自分がまだまだ浅いのか。

新収 文物 2008-122009/01/22 00:35

『文物』総第631期、2008年12月。

南京江寧上坊孫呉墓発掘簡報
南京雨花台東晋記念墓発掘簡報
南昌青雲譜梅湖東晋紀年墓発掘簡報
(以上は南京市博物館、南京市江寧区博物館による)

王上海・李国利、試析南昌青雲譜梅湖東晋紀年墓文磚

あたかも「六朝(魏晋というべきか)特集号」である。

 南京の孫呉墓はその時代のものとしては今まで発見されたものの中では最大とのこと。副葬品も相当な数である。墓室の構造や規模から時代を推測しているようだ。

 南京雨花台の東晋墓からは銘文のはいった磚が出ている。「泰元四年」つまり379年の紀年あり。

 南京青雲譜の東晋墓からも銘文磚が出ている。こちらは雨花台のものより字数が多く、「身分、姓氏、籍貫、享年、初葬時と場所、改葬の理由、改葬の時期と場所」などが記されている。「試析南昌青雲譜梅湖東晋紀年墓文磚 」で詳細に分析されており、書式などの点から「名刺」との比較考察がなされる。

拝受 突厥トニュクク碑文剳記2009/01/27 03:29

鈴木宏節、突厥トニュクク碑文剳記ー斥候か逃亡者か、『待兼山論叢』第42号 史学篇、2008年12月。
鈴木宏節、第45回野尻湖クリルタイ(彙報)、『東洋学報』第90巻3号、2008年12月。

鈴木宏節さんからいただいた。ありがとうございました。
前者は阿史徳元珍(トニュクク)の墓碑銘である突厥トニュクク碑文にみられるある単語(斥候とも逃亡者とも訳されてきた)をめぐり、碑文全体の文章構造や当時の状況をめぐって論が展開される。

遅参-上杉家と直江兼続の実像2009/01/27 03:41

後世の物語や伝承の世界ではなく、同時代の史料を駆使した本書によって、初めて新しい上杉家と直江兼続の実像が明らかになる。・・・・・待刊。
http://www.koshi-s.jp/shinkan/090115_1-shinkan.htm

ちなみに『円仁とその時代』が同出版社から同時刊行。
http://www.koshi-s.jp/shinkan/090115_2-shinkan.htm

高志書院
http://www.koshi-s.jp/