拝受 出土資料からみた魏晋南北朝の地域文化に関する初歩的研究2012/03/14 23:01

室山留美子『出土資料からみた魏晋南北朝の地域文化に関する初歩的研究』、2012年2月、科研費(C)(代表:中村圭爾)報告書。

室山さんからいただいた。ありがとうございました。しばらく海外出張、私事等々で記載が遅くなりました。

 魏晋南北朝時代における地域と地域文化の生成と発展を考古学的成果から検討し、そこに地域差や共通項があるか検証を試みたもの。
 研究報告「古代中国の地域文化-関中十六国墓、北魏墓と後漢・西晋の鎮墓獣を手がかりに」と研究資料「関中十六国墓データ」の構成からなる。

新収 曹操墓の真相2012/01/23 19:46

河南省文物考古研究所(編著)、渡辺義浩(監訳)、谷口建速(訳)『曹操墓の真相』国書刊行会、2011年9月。

話題の曹操墓に関する報告書の翻訳と解説。カラー図版多数。曹操のものである可能性の高い頭骨の写真等有り(年齢鑑定の根拠も示されている)

関連図書
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2011/11/16/6204232

なお、『文物』、総第664期、2011年9月に「洛陽孟津大漢冢曹魏貴族墓」という報告があり、墓主は曹操の族子である曹休であるという。

ニュース
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0517&f=national_0517_039.shtml

新収 文物と遺物の境界2012/01/23 19:22

籾山明・佐藤信(編)『文物と遺物の境界-中国出土簡牘史料の生態的研究』、六一書房、2011年11月。

 調査編と研究編の二部に分かれ、合計13点の報告・論文が載る。主に漢代の出土簡牘史料に関してとくに書式・形式・形態などに関する最新の成果がまとめられている。
 表紙のデザインは月面上に理系の書籍にあるかのようなグラフが描かれているのだが、そのグラフにはところどころに本書に関係する言葉がちりばめられていて、なんとも奇妙。
 個人的には興味ある内容だが、そうそう売れない本だと思って購入したら、その本ですか、この本はずいぶんとたくさんと売れたんですよ、とのことであった。

セール中だったため、池田雄一(編)『奏𤅊書-中国古代の裁判記録』(刀水書房、2002年11月)も購入。

拝受 古代君主制の特質と東アジア2012/01/20 17:23

中林隆之「古代君主制の特質と東アジア」、『歴史科学』205号、2011年5月
中林隆之「東アジア<政治と宗教>世界の形成と日本古代国家」(2011年度歴史学研究会大会報告)、『歴史学研究』第885号(増刊号)、2011年10月
河上麻由子『古代アジア世界の対外交渉と仏教』、山川出版社、2011年10月
廣瀬憲雄『東アジア国際秩序と古代日本』、吉川弘文館、2011年11月
河添房江・皆川雅樹(編)『唐物と東アジア-舶載品をめぐる文化交流史』、勉誠出版、2011年11月。

 中林先生から御論文2点をいただいた。ありがとうございました。他3冊は購入。
 最近の日本古代史研究では「東アジア世界」もしくは東洋史で注目されている「東部ユーラシア」のなかで日本の位置づけを考えるという研究が潮流のひとつとなっている。当該時代を鳥瞰的にながめ、そこにある種の論理を見い出し、世界観またはシステムのようなものを導き出すというのは後世の歴史学者の特権でもあるわけだが、その有効性は視点のとりかた、にもよるだろうとは思う。中国史、中国仏教史関係の先行研究を選りすぐって批判したうえで論理が構築されているのだとは思うが、どうも関係論文が少なくみえる。その選択眼の意図をさぐって熟読したいとおもうのだが、その時間があるかどうか。
 以前からこうした研究手法をみて日本古代史の手法と東洋史とのあいだにボーダーはないと思っていた。逆に東洋史研究者が伝統の「東洋史のやり方」みたいなものにこだわれば、それだけ分野は縮小するわけである。新しい資料に注目するというより、既存の資料からも史料としての論理を新たに見出す能力が求められているという感じか。
 また世界観またはシステム論みたいなものに落とし込んでいく方法だけが歴史学でもないであろう。ともかくいずれも刺激的なお仕事である。

新収 『敦煌学輯刊』2010年第4期2011/11/25 20:39

『敦煌学輯刊』2010年第4期(70期)、2010年12月

劉満、隋煬帝西巡有関地名路線考
杜斗城・孔令梅、簡論十六国北朝時期的大族与仏教
趙貞、P.t.1045『鳥鳴占』的来源及其影響
金少華、跋日本杏雨書屋蔵敦煌本『算経』残巻
陳于柱・張福慧、敦煌具注暦日見載“本命元神”考辨
魏静、敦煌護宅文献中符籙問題小考
姚美玲、敦煌写本張中景『五臓論』考辨
王杏林、関于俄蔵敦煌文献Dx.2683、Dx.11074残片的定名
徐明英・熊紅菊、俄蔵f242敦煌写本『文選注』的避諱与年代
王冀青、関于敦煌莫高窟“蔵経洞壁画問題”
余欣、敦煌仏寺所蔵珍宝与密教宝物供養観念
周常林、羅振玉与学部蔵敦煌文献
他7点を載せる。

1年遅れの紹介は続く。現在、メモを書いているところ。
 趙論文は敦煌が吐蕃に占領されていた時期の『鳥鳴占』の由来を漢文の鳥占文書や曹氏帰義軍期に用いられた烏形押との関係に探る。敦煌の日常生活における鳥やカラス観、また異なる言語文化間の影響が分析されている。
 金論文は敦煌秘笈、羽37R「算経」を主題にしたもの。S.19とDx03903が綴合、羽37Rとともに同じ写本の一部をなすとみる。またP.3349とS.5859が綴合することを述べる。そしてこれら2種は同じ写本の一部か、底本を同じくする写本であることを指摘する。現在は英・仏・露・日に散在している断巻がもとはひとつである可能性があることを指摘したことになる。
 王杏林論文はDx.2683、Dx.11074を『鍼灸甲乙経』(陰陽大論、正邪襲内生夢)の一部であったとする。
 王冀青、余欣論文は敦煌文献とはなにかを考えることを前提に、論が展開されている。

新収 曹操高陵の発見とその意義2011/11/16 00:42

愛媛大学東アジア古代鉄文化研究センター(編)『曹操高陵の発見とその意義-三国志 魏の世界』汲古書院、2011年3月。

中国古代史研究の枠をこえて話題になっている曹操墓に関するシンポジウムの報告をまとめたもの。これも購入してからずいぶんと時間がたってしまった。
 講演の翻訳であり、専門書といってよい内容だが読みやすい。
 「あとがき」には、諸条件の組み合わせからかんがえて曹操墓であるとみて間違いないこと。また、三国期の死去年代がはっきりした人物の墓葬の発見によって、後漢末から三国期の墓葬の形態や出土遺物の整理や年代比定に得るところの大きい発見であったことが記されている。

新収 亦術亦俗-漢魏六朝風水信仰研究2011/11/16 00:30

張斉明(編)『亦術亦俗-漢魏六朝風水信仰研究』中国人民大学出版社、2011年5月。

数ヶ月前に購入。
 いくつかの作業や依頼原稿の準備をしているうちに情報を追加できないまま、ずいぶんと間があいてしまった。
 この間、ただ買っているだけで数頁さえも目を通していない書籍の山となってしまった。

新収 東洋史研究 第70巻2号2011/10/14 23:09

『東洋史研究』第70巻2号、2011年9月。

川本芳昭、北魏内朝再論-比較史の観点から見た
平田陽一郎、西魏北魏の二四軍と府兵制

実に興味深い2本。ただともにわかりやすいかというとそうではない。それでとりあえずざっとよんでみて、あとで読み返すことにしようと思う。誤読していたとしてもこの程度の紹介文としては許していただけるであろうと思いつつ。以下はそのためのメモ。

 前者。北魏の部族解散や内朝の問題について研究史をリードしてきた筆者が近年の「胡漢対立」を相対化しがちな研究動向を批判しつつ、「北魏前期国家と北魏国家とを断絶してとらえることなく、北アジア、東アジア史全体の中で」位置づける方法をあらためて模索したもの。なお前提として北魏前半期を北方的体制、後半期を胡漢融合の度合いの強い中国的中原王朝ととらえている。
 論者がとくに注目しているのは北魏特有の制度である「ケシク的な」内朝制度であり、それが東アジアの諸国家や中国歴代王朝と比較してどのような性格をもつといえるか、倭国と北魏、漢の中朝と北魏の内朝という比較によって、その性格を述べている。

 後者。その時代の史料にはでてこない語彙であるにもかかわらず西魏北周の基盤となる軍事制度とされてきた「府兵制」の虚構性(府兵制はなかった)を明確に指摘。葬りさったうえで、当該時代の軍事制度はどのようなものであったのかを論じる。
 かわりに実態として見えてくる二四軍制は漢人主体でなく、非漢族集団をとりこんでそれを基本単位に成り立ったものであることを史料をあげて述べ、北魏ー西魏・北周の軍事機構の求心的運用が北魏の内官の系譜上にある役職「親信」「庫真」(都督)によって可能となっていたことを指摘、二四軍制とは鮮卑的軍制の上になりたっていたものと論じる。
 またこれまで「府兵制」の兵士の徴発方式の変化(兵民一致⇄兵民分離)を示す史料と理解されてきた隋「開皇十年詔」について、平陳後、流寓の兵戸を関中周辺に帰農させ、一般編戸並みとする「復員令」と解釈し、従来の見方を否定する(!)。
 そのうえで北魏の「部族解散」の史料をあげ、それもまた鮮卑的「復員令」(各部族を戦闘状態から平時にもどす)であり、国を挙げた戦争後においては北魏以前からみられるものであることを先行研究をふまえて述べる。
 つまり、北魏ー隋の軍事制度(前秦あたりを淵源とする)がほとんど同一の構造をなしていることを論証しようとしたことになる。

後者には川本先生の旧論を前提に論じられている部分もあるが、基本的に両論の北朝観は相容れないといってよい。これを後の研究者がどう読むか、実に興味深い1冊となっている。

拝受 北魏墓誌中の銘辞2011/09/30 19:17

窪添慶文、北魏墓誌中の銘辞、『立正大学文学部論叢』第133号、2011年3月。

窪添先生からいただいた。ありがとうございました。
 墓主の事蹟を示した誌文の最後に付される見落とされがちな銘辞の内容や表現の分析から、北魏期におけるその定型化の過程をおったもの。西晋、南朝墓誌の分析を通して、それが北魏墓誌の定型化に影響していたことを説く。

拝受 『太平寰宇記』所引韋昭『呉書』について2011/09/30 19:09

満田剛、『太平寰宇記』所引韋昭『呉書』について、『創価大学人文論集』第23号,2011年3月。

満田さんからいただいた。ありがとうございました。

 陳壽『三国志』の典拠の一つとされる韋昭『呉書』について『太平寰宇記』所引佚文の性格を考察したもの。『太平寰宇記』所引佚文にはかなり意図的に手が加えられており、注意すべきであることを説く。

 私事。本も山積みだが、課題も山積み、スケジュールもぎっしりでまいった。なかには大量の廃棄予定PCからHDDをとりはずしてひたすらshredするなんていうブルーな作業もあったが。
 
雑用が多いのはともかく、まずは史資料がある現場第一、次は論文執筆である。可能な限り、ブログでなく、まとまった形で成果を還元できればと思う。

 これだけネットが発達した時代にまだ紙面に論文を発表するのがスタンダードな世界にいるわけだが、じっくり時間を掛けて調査して論を練ることが推奨されているのだと前向きに考えることにしている。一旦手元を離れた原稿が校正できるなんて時間は自省するには貴重である。
 またそうして書かれた他の研究者の論文を読むのは実に勉強になる。よい点も批判すべき点ものみこんで、次稿執筆の原動力につなげていければそれがベストである。