中国での「敦煌秘笈」に関する報道2010/06/04 01:52

「敦煌秘笈」を手がかりに検索してみた。

李冀、苦尋十五年 李盛鐸旧藏大宗敦煌文献日本露形迹、2006年09月26日、中国経済網(来源:南方日報)
http://www.ce.cn/culture/history/200609/26/t20060926_8734248.shtml

※栄新江先生が「敦煌秘笈」にいたるまでを記事にしたものである。

陳濤、千呼万喚始出来 犹抱琵琶半遮面— 清末李盛鐸旧藏敦煌文書日本面世、2010年04月13日、中国文物信息網
http://www.ccrnews.com.cn/100018/100019/26839.html

※先日、明治大学で研究発表をされた陳濤さんによる記事である。

拙稿
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2010/06/03/5136488

拝受 隋代の鎮戍制度について2010/06/09 01:05

平田陽一郎、隋代の鎮戍制度について、『沼津工業高等専門学校研究報告』第44号、2010年。

平田さんからいただいた。ありがとうございました。

「唐代兵制=府兵制という単純な図式での理解が誤りであることは明白である。かねて筆者はこの点を指摘し、府兵以外の多様な兵種の存在とその相互補完の関係を丁寧に押さえていくことを通じて、唐代兵制像は再構築されるべきであると主張してきた。その点、新たに編戸百姓による征戍(征行と戍辺=防人)の制度の存在が確かめられたことは注目すべき成果である。しかしながら、征戍の任務に府兵がまったく関わっていなかったとは考えにくく、とすれば府兵と一般編戸出身の防人とは辺境警備の現場においていかなる関係にあったのであろうか」(はじめに、より)

拝受 唐の成立と内陸アジア2010/06/10 07:19

石見清裕、 唐の成立と内陸アジア、『歴史評論』720号、2010年4月。

石見先生からいただいた。ありがとうございました。唐王朝の成立とその意義を東ユーラシア史的観点から位置づけ、日本史から見た位置づけも付言する。

『歴史評論』720号は購入したのに、ここに記録し忘れていた。論説を記録。

石見清裕、唐の成立と内陸アジア  
金子修一、唐朝と皇帝祭祀 ―その制度と現実―  
山根清志、身分制の特質から見た唐王朝 ―良賤制支配の基調を中心に見た―  
妹尾達彦、長安の変貌 ―大中国の都から小中国の都へ―  
西村陽子、九―一〇世紀の沙陀突厥の活動と唐王朝

目次
http://wwwsoc.nii.ac.jp/rekihyo/magazine/contents/kakonomokuji/720.html

五胡十六国霸史輯佚「正誤」 2010年3月段階2010/06/10 18:24

五胡の会ブログ
http://gokos.blog.shinobi.jp/Entry/11/

以下の刊行物の修正情報。

新潟大学大域プロジェクト研究資料叢刊XVI、『五胡十六国霸史輯佚(稿)』、新潟大学「東部ユーラシア周縁世界の文化システムに関する資料学的研究」、 2010年 2月。総313頁。
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2010/03/23/4966086

新収 Zarathustra and Zoroastrianism: A Short Introduction2010/06/13 00:10

Michael Strausberg (ed.), Margret Preisler-Weller(tr.) , Zarathustra and Zoroastrianism - A Short Introduction,Equinox Publishing ,London, 2008.

コンパクトなゾロアスター教に関する概説書。BibliographyとIndexが便利。その宗教世界観が具体的かつ簡潔にしめされているところが自分のような門外漢には特にいい。ただこれまで手元に集めた研究と対照して読んでいくのはいつか後日にせざるをえない。
2005年に刊行されたドイツ語原書の英語翻訳版。著者はノルウェーのベルゲン大学の宗教学の教授。

拙稿 東条琴台旧蔵『君公御蔵目録』小考―高田藩榊原家の資料群の変遷に関連して2010/06/13 02:31

岩本篤志「東条琴台旧蔵『君公御蔵目録』小考―高田藩榊原家の資料群の変遷に関連して」(『汲古』,第57号, 65~72頁、2010年6月)

 国内の多くの旧藩資料は明治期に散逸し、残存していても本来どのような管理をされていたのか十分に明らかにできない場合が少なくない。
 高田藩および榊原家もその例に漏れず、明治期に各所に分蔵され、運悪く焼失、散逸したものもあったようである。現存が確認されている資料としては、明治三年の藩庁火災をまぬがれ、残存した藩庁文書と旧藩士家および榊原家伝来のものとが榊神社に献納されて原型が形作られた高田図書館所蔵「榊原文書」および、似た経緯をもつ旧蔵書をあわせた図書館系資料群、そして現在、上越市立総合博物館に寄託され、二〇〇九年に目録が刊行された「榊原家史料」の二つが主要なものとみられる 。
 ともに整理と研究がすすめられており、近年では近世の現用秩序の復原を意図した所謂「史料学的」試みがはかられている 。ただ既知の史料には高田移封後の資料秩序を示す目録を欠いており、その全貌や管理状況を知るには限界があった。
(中略)
 調べるうちに管見の限り先行研究には言及がないものの、この目録はたしかに東条琴台旧蔵の高田藩榊原家の御蔵目録で、高田移封後の榊原家の資料群の構成をあきらかにする史料となると考えるに至った。(「はじめに」より)

新収 史学雑誌 119編5号2010/06/17 03:05

『史学雑誌』 119編5号、2010年6月。

“2009年の歴史学界”回顧と展望、あいかわらず得るところが多い一冊。

ディジタル・シルクロード・プロジェクト2010/06/17 19:21

先日、以前から講読しているARGでディジタル・シルクロード・プロジェクトの紹介があったので、この機会に。

国立情報学研究所(NII)ディジタル・シルクロード・プロジェクト
http://dsr.nii.ac.jp/

・ペリオ敦煌図録図版解説(沙武田・党燕妮・張景峰・張善慶)
 http://dsr.nii.ac.jp/reference/pelliot/

・Les Grottes de Touen-houang(P.Pelliot)
 http://dsr.nii.ac.jp/toyobunko/VIII-5-B6-3/

DSRメンバー
http://dsr.nii.ac.jp/members.html.ja

BLのIDP( http://idp.bl.uk/ )の充実ぶりがすごいのはよく知られているが、それとは全く異なる視点で題材をえらんでおり、国際連繋もうまく進んでいるように見受けられる。こういう媒体も“回顧と展望”してもよいように思う。

前にも一度紹介したが、そのときよりもかなりコンテンツ量が増えた。
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2007/09/28/1826226

拝受 清末成立の四川からチベットへのルートを描いた程站絵図の基礎的研究II2010/06/22 17:59

片山章雄(代表)『清末成立の四川からチベットへのルートを描いた程站絵図の基礎的研究II― 新出「西蔵全図」と横浜『自鑪庁至烏斯蔵程站輿図』、北京『自打箭鑪至前後蔵途程図』(2009年度東海大学学部等研究教育補助金(文学部)による研究成果報告書)、2010年5月。

片山先生からいただいた。ありがとうございました。19世紀後半から20世紀初頭の知識をもとにつくられた清朝時代の四川からチベットにかけての地図、絵図に関わる七点の各論(執筆:片山章雄、立石謙次、渡部武、浅井紀、畠山禎)。内容は地図の解説からその地域の建築や民俗、その地に関する旅行記など多岐にわたる。

前稿
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2008/11/12/3911991

拝受 唐末「支謨墓誌銘」と沙陀の動向 ほか2010/06/23 20:38

西村陽子、唐末「支謨墓誌銘」と沙陀の動向-9世紀の代北地域、『史学雑誌』第118編第4号、2009年。
西村陽子・北本朝展、スタイン地図と衛星画像を用いたタリム盆地の遺跡同定手法と探検隊考古調査値の解明、『敦煌写本研究年報』第4号、2010年3月。
西村陽子、9-10世紀の沙陀突厥の活動と唐王朝、『歴史評論』720号、2010年4月。

西村さんからいただいた。ありがとうございました。

いずれも以前紹介している。
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2009/05/21/4315927
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2010/04/07/5003438
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2010/06/10/5151192

2つ前のDSRのエントリ。スタイン地図はそのひとつ。
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2010/06/17/5168884