新収 唐王朝と古代日本2008/06/19 17:44

榎本淳一(著)『唐王朝と古代日本』吉川弘文館、2008年7月。

第一部「唐代朝貢体制と古代日本の外交制度」
第二部「中国文化と古代日本」 
 以上の二部構成で、前後者ともに四章だて。他に序章と終章があり、10章立ての構成だが、それ以外に補論・付論がそれぞれ数点付されている。

 冒頭の書き出しに「唐王朝と古代日本の外交関係を制度的な観点から明らかにし、中国文化の古代日本への流入と影響について論じるもの」とある。また諸処に遣唐使と漢籍の関係について言及しているところがみられる。

新収 龍門石窟与洛陽仏教文化2008/06/19 17:58

王振国(著)『龍門石窟与洛陽仏教文化』中州古籍出版社、2006年12月。

「龍門石窟研究文集」の一冊。実際の踏査による調査にもとづくところが多いようで、精読すればかなり得るところがあるような気がする。写真多数。

龍門路洞調査報告
龍門隋代小龕初探
龍門唐永隆二年蘭陵王孫高元簡地蔵・観音像龕的発現及其意義-兼蘭陵王高長恭伝略評介
関于龍門擂鼓台中洞与看経寺的羅漢像問題
龍門石窟刻経
跋龍門石窟両部観世音内容的石刻偽経
洛陽経幢研究
唐宋洛陽仏寺、名僧史籍鉤沈
附録:龍門石窟刻経録文校稿

「蘭陵王の子孫、高元簡の地蔵・観音像龕の発見」などはタイトルを見ただけでおもしろそうである。北斉皇族は北斉滅亡後、流刑になったりしてまもなく亡くなっているものが多いうえに、蘭陵王長恭の伝には子がみあたらない。そこで著者は女児がいたか、いわゆる妾腹の子がいたかの可能性をあげる。
 まあ、どうでしょうか。「蘭陵王」の株があがってた時期だったからどこぞの高氏が「蘭陵王孫」などと書いたような気がしないではない。そうでなくとも永隆二年には「蘭陵王」は知る人ぞ知る悲劇の英雄として伝説化されつつあったことはいえそうである。ちなみに孫は「子孫」の意味でとれるが、「王孫」とつなげてよめば、『楚辞』の「王孫遊びて帰らず」を想起してよいのかもしれない。すると刻者の貴種崇拝がますます臭ってくるわけだが。
 また「跋龍門石窟両部観世音内容的石刻偽経」では敦煌文献との対比が展開されている。